友人と3人でドライブへ。
まずは、特に目的地もなかったから、最近、市の文化財になったという屋敷を見に。爆
奥の屋敷は1Fがうどん・そば屋、2Fが喫茶店になっている。
立派な屋敷。
で、せっかくだから喫茶店へ。
築100年以上という立派な歴史を誇る屋敷で、ケーキセットを頬張る友人たち。爆
いや、好きだけどね、そういうギャップ。笑
ちなみに、スッタフは全員60歳以上の方々なんだそうです。
それから、友人のリクエストで手作り豆腐屋へ。
豆乳プリン・豆乳シュークリーム・豆乳ドーナツなどが付属のテラスで食べられる。
俺は甘いもの苦手だからそれ系はパスしたけど、代わりに揚げ出し豆腐を食べた。
写真は、友人たちが食べてた豆乳プリン。
チビッ子に人気なんだそうな。
ドライブは、最近アホなくらい落ちてた僕に気遣ってくれた友人達が誘ってくれたんですが、
あんまり心配させちゃいかんなって思いましたね・・・。
基本的に、時間が経てば「落ちてる自分もウザイ自分も全部合わせて自分なんだからいいじゃん!」って開き直るんで、もうすっかりなんですけどね。笑
セクマイ同士ということで、色んな話もできるし。
ちなみに今日は、「性の揺らぎ・曖昧な性」について話しました。
例えば、「男でも女でもない性」と人に言うと、変な誤解を受けたり、
中途半端・一過性と揶揄されたり、あまり良い印象を受ない可能性が大きい。
(背後にある意味として、性が揺らいでいる・性が曖昧ととられる)
社会は当然のように「男女」で区別するから、多くの人は理解しがたい・
受け入れがたいと思うかもしれない。
とても説明が難しい概念だと思う。
でも、「性の揺らぎ・曖昧な性」ってそんなに悪いことだろうか?
所謂、「曖昧な性・性が揺らいでいる人」と評される人には、
「両性・中性・無性」「男寄り・女寄り」「男or女への移行過程・発達課題」「自分の性別に自信が持てない・分からない」など、さまざま。
「曖昧・揺らぎなんじゃなくて、”これが自分”なんです」というふうに
確立されたら、もっとこの領域の人たちは生きやすくなるんじゃないだろうか。
「私はこれがいい/これが私なんです」…そういう主張がもっと増えれば、
例えば、「両性・中性・無性、男寄り・女寄り」というような概念が浸透するかもしれないし、性別ではなく「その人」として見てもらえる機会が増えるかもしれない。
ある意味、それは最強の個性だと思う。
落ち着く場所を「男・女」だけに求めず、「その間・グラデーションのどこか」etc、として生活する在り方だって立派な生き方だと思う。
もちろん、公的な書類等での対応や対処法は探していかなきゃならないけど。
僕は性自認は男だけど、X(どちらでもない性)として生きることを望んでいるから、曖昧な性ととらえられる。
でも、何も知らずに「男女」しか選択肢がないと思っていた時より
ずいぶん楽になったし生き方の選択肢が広がった。
選択肢はGIDだけじゃない、「男・女」だけじゃない。
性の揺らぎとか、曖昧な性とか、そういう在り方がもっと認められればいいのにと思う(否定的な表現も変わって欲しい)。
そして、揺れる権利や間違う権利も。
4 comments:
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初めてコメントします。
��ある意味、それは最強の個性だと思う。
性別なんて取っ払って、「私という人格」を見てもらいたい。今まで何度そう思ったでしょうか。
けれど、どんな外見をしてようと愛されうる「中身」が自分にはあるのかどうか。それがいつも不安で、自信がなくて、ぎゅうっと胸を締めつけるのです。
ただ、「男・女」しか選択肢がないと思っていた頃に比べると、「性別違和感」は自分にとっての「ふつう」なのだと思えるようになって、少しは自分自身を受け入れられるようになったのかなぁ・・・などと思っています。
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■駈さん
そうですね、完璧じゃない方が人間ぽいです。
��それでいいと思うよ
何だか、その言葉で楽になりましたw
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■聖さん
コメントありがとうございます!
��「性別違和感」は自分にとっての「ふつう」なのだと思えるようになって・・・
そうですね、性別違和感は苦しいけど、生き方の選択肢を狭めずにすんだ気がします。
「私という人格」を見てもらいたいと思うけど、それに値する「中身」が備わっているか・・・僕もそのことを日々考えています。
それは自分に自信がないからだと言ってしまうのは簡単だけど、なかなかどうにも自分を肯定するのは難しいですね。
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間違いや揺らぎがあっても人間だし
完璧じゃなくても
それでいいと思うよ(^-^)