2006年もあとわずか。
せっかくだから、このブログ名の由来でも書いて2006を終わろうかな(笑
このブログ名は「アルペジオ」。
音楽をやってる人なら、大抵の人は意味がわかるんじゃなかろうか。
「アルペジオ」は分散和音とも言われるように、ある和音の音を一つずつ出して和音にしていく奏法のこと。
和音をバラバラに出してく事で、和音で弾くのとは違った深みが出る。
僕はこれが好きでして。
だって「分散和音」だなんて、どことなく未完成な感じがいいじゃない。
バラバラな音だけど、1音ずつちゃんと響きながら、最後は一つの和音になる。
あ~、ピアノ弾きたくなってきた(爆
それともう一つ。
僕の趣味の1つはピアノで、耳に残ったり気に入った曲を耳コピしてアレンジすること。
といっても、楽譜が正確に読めないから、耳に頼るしかないだけだけど(笑
曲作りにはまると、一日中部屋に閉じこもってしまう。
その曲作りで絶対に使うのが「アルペジオ」。
音楽はいいね。
嫌なことがあったときは、いつもピアノに向かう。
最高の現実逃避!
そんな訳で、このブログに「アルペジオ」という名前をつけたわけです。
あっ、今日はエンタ見なきゃ。←唐突
それでは、素敵に楽しいお正月を▼゜ω゜▼
今日は、僕が同じセクシュアリティの人(FTX)と知り合うまでのことを、ちょびっと書きます。
大学でセクシュアリティについて話せる友達なんて当然いない…吐き出す場所もなくて悶々としていた時。
大学で、外見が男っぽい服装でBLの話してる女の子がいたから、もしかして…と思って話しかけてみた。
人見知りな僕からしてみれば、かなり思い切った行動だった。
でも、その子は違った。
その子はアニメや漫画の話しかしなくて、二次元に浸りすぎていた。
しかも、「同性愛に理解あるよ~」とか言ってるくせに、「綺麗じゃなきゃホモじゃない」とか平気で言う。
なんじゃそりゃ。
ビジュアル良くなきゃ同性愛者だと言っちゃダメなん?
あんまりだよ。
ノンケの腐女子って、偏見を持ったまま性的マイノリティに触れるから恐いと思う。
その頃は色々不安定で、もしかしたらこのままずっと同じような人に出会えないかも。
なんて事ばっか考えてた。
よく考えれば、自分が動けばいいだけのことなんだよね。
それで、とあるレズビアンの友達・恋人募集掲示板に書き込みしていた人にメールを送った。
その人は、何となくレズビアンではなくトランス寄りだと感じた。
そして、その人(以降Pさん)とメル友になった。
Pさんは、僕と同じような悩みを抱えていて、同じくFTX(男でも女でもない中性・無性であろうとする人)を選んでいた。
仲間を見つけた!!
そりゃもう嬉しかった。
Pさんは僕より9歳上で、博識高くて、色んな情報をくれる。
「男らしさ・女らしさ」を押しつけてくることもない。
魅力的な人だと思う。
お互い、FTXとして抱える悩みを語ったりしてとても有意義。
知り合ってまだ3ヵ月だから、これからどう続くか分からないけど、気の合う仲間を見つけられたことは僕にとっては嬉しいこと。
近いうちに、二人で映画をみる約束をした。
楽しみ!
初めは焦って、仲間探しをしても見つからなくて不満と焦りばかりが募っていった。
でも、こんな僕でも気の合う仲間と出会うことができた。
だからもし、「仲間が欲しい!」「自分と同じようなFTXに出会いたい」と思って途方に暮れてる人がいたら、諦めないでほしいと思う。
きっと、この人だ!と思える人と知り合える日が来るから。
最近、FTXって想像以上に多いんじゃないかなぁと思ったりします。
でも、FTXです!ってFTMのように胸張って言えない部分がそれを困難にさせてるんじゃないかな。
男か女かはっきりできない(したくない)。
じゃぁ、君は何なの?
…さぁ?というのが、僕の答え。←いい加減
だって、どうして皆はっきりした枠に入れようとするの?
確かに、名前のついた保証のある枠の中にいれば、精神的に安心が保てるかもしれない。
でも実際、誰かが定めた基準に正確に該当する人なんて、少ないと思う。
性同一性障害の存在が世間に表現され始めたことは、性別違和感を持つ人にとっては、世間にその存在を知ってもらって理解に繋げていく良い機会になった。
でもその一方で、性同一性障害の診断基準に該当しなかった人や、周辺群とされているトランス・ジェンダーやXジェンダーなどの人たちは、取り残されてしまったように感じる。
確かに、どこかに基準を設けて線引することは重要だよ。
でも、性同一性障害の診断基準に該当しないから認めないとか、一過性のものとか、扱いがあまりにも適当。
ちゃんと診てくれる人もいるかもしれないけど、でも性別違和感にも段階や差があるということに目を向ける専門家が少なすぎる。
性別違和感=性同一性障害ではないのだから。
特に、このFTXなんて、中立で曖昧だから、余計不味い顔をされる。
「男と女のいいとこ取りをしてるだけ」とか、「(男か女か)はっきりできないくせに、性別違和を気取るな」とか、「(男か女か)はっきりできないなら、やっぱり一過性なんじゃない?」とか、顎が外れそうなことばかり。
まぁ、これ全部僕が言われたことだけど(笑 ←お前かよ
でもさ、そういう批判がマイノリティ同士でされてると、何とも寂しい気がするなぁ。
自分より立場が定まらない人を打ちのめすことで、自分の安定をはかるのは別に悪いことじゃないと思うけど、じゃぁそれで何を得られるの?って僕は思っちゃう。
自尊心?プライド?
そりゃぁ、性別違和感がなくて、自身の性役割にのみ違和感を感じているとか、2次元(アニメとか)と現実を混同しちゃって境目が分からなくなってるとか、そーいうのはまた別だと思うし。
んー…難しいなぁ。
また考えよ‥。
はじめまして。
めぐむと申します。
日頃、外では話題に出しづらいセクシュリティやジェンダーについて
語りたいという欲求から、ブログを始めました。
本当、言えないストレスが溜まりまくってます。
まぁ、難くならずのんびりとやってこうかと。
僕は、FTX(female to x-gender)です。
「は?」と思うのが普通の反応ですよね・・・。
簡単に言うと、「体が女で、性自認が無性または両性の人」です。
つまり、「女でもなく、男でもなく」という感じです。
僕がFTXという立場を選んだのは、自分の性別に違和感を感じる中で、
社会の認める男・女どちらかの性や、男らしさ・女らしさが、
僕にとって息苦しいものでしかなかったから。
FTXというものを知るまでは、自分が何なのか分からなくて不安で、
必死に「男」になろうとしたけど、どうしても自分にはしっくりこなかった。
だって僕は、女らしく・男らしくとか、自分が属したい性別の性役割に捉われたくない。
だから、中途半端な自分が存在するのも有りなんだと思う。
それから性役割。
性役割は、性別違和感を持つ人にとっては重要だと思う。
僕は、中性的な性役割(男性役割も女性役割も両方備えていること)でいたい。
だって、僕は性同一性障害のように完全な男になりたいわけではないので、
いくら体を鍛えて外見を男に見せても、内面は男・女どっちつかずのまま。
だから、もう昔のように無理に「男」を作ることをやめた。
でもFTXは、FTM(女から男へ)のようにはっきりした領域を持ってるわけではないから、
中途半端・一過性のものと思われて、なかなか理解されない。
FTMにも男にもなれない中途半端もの。
でもそれが、FTXだと僕は思ってる。
あ、長々と真面目になっちゃったけど、こんな感じです。
よっしゃ、これから頑張るぞ。